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栽培から抽出まで、美味しいコーヒーを
楽しむために知っておきたいこと、すべて。

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保存

コーヒーを最適な状態に保つ。

コーヒーはデリケート。

 果物や野菜などの生鮮食品に「食べごろ」があるように、焙煎後のコーヒー(以下、煎り豆)にも「飲みごろ」がある。実は煎り豆も鮮度や、保存状態で香りや味わいに違いが出るのだ。しかし、煎り豆の外観からは状態変化の見極めがとても難しく、抽出してみないと本当の意味で「飲みごろ」かどうかはわからない。そのうえ、鮮度がいいはずの焙煎直後だったとしても、保存状態が悪ければ味わいは急激に変化する。バリスタは抽出方法と味わいで煎り豆の状態(コンディションともいったりする)を見極めている。実感として、そのコーヒー豆が持ち合わせるポテンシャルを十分に堪能できる時間はそう長くはない。とてもデリケートなのだ。
 では、家庭ではどのように状態を見極めながら、どうやって保存するのが最適なのか? 実はそんなに難しいことではない。少しの気遣いと丁寧な扱いによって、美味しさは長く保つことが可能だ。この章を読み進めてコーヒーの味が変化する要因と保存の工夫を知り、美味しいコーヒーを維持してほしい。

焙煎したて≠飲みごろ。

 まずは、「コーヒーの鮮度」について掘り下げてみよう。焙煎時にコーヒー生豆内では化学反応が起こり、煎り豆からコーヒーらしい香気成分(炭酸ガス)が発生する。粉砕後のコーヒーにお湯をかけると、炭酸ガスが一気に放出されムクムクと膨れ上がる。このハンバーグのように膨らむ様子から、コーヒーの状態を見て取ることができる。

 「鮮度がいい」という言葉は、飲みごろを指しているように思われるがコーヒーにおいてはそうはいかない。焙煎後間もない、いわゆる「鮮度がいい」煎り豆はガスの放出が強く、大きな泡がブクブクと表面に現れ、ひび割れてしまう。このガスは香気成分を含んでいて、香りを強く感じる。ただし、強すぎるガスの放出はコーヒーの成分移行(香りや味がお湯に溶け込む)を妨げる原因にもなり、味わいを十分に引き出すことが難しくなる。つまり焙煎後すぐの煎り豆は、香りと味のバランスが崩れる傾向にある。
 お湯をかけても、すぐにしみ込んでしまい表面が乾いて膨らまない、香りが弱い……。そんな経験はないだろうか? これは、ガスの放出が著しく弱くなっている現象だ。焙煎から時間が経っていて、状態の変化が始まっていることを意味している。ガスの減少によってお湯通りが良くなり過ぎ、簡単に通り抜けてしまう。これではコーヒーの成分移行が十分にできなくなる。状態の変化は味わいの質も下げてしまい、香りが弱く、うまみも少なく、ただ苦味を強く感じる。

[fig.01]

鮮度のいいコーヒーにお湯をかけると、コーヒーがムクムクと膨らむ。

 「では、一体いつが飲みごろなのか?」実はこの答えは難しく、限定できない。なぜなら、焙煎方法や焙煎度合いによって状態変化のスピードが異なるからだ。一般的な目安として、街のロースターで販売されているコーヒーは、焙煎後2〜3週間が飲みごろと言われることが多い(特別な保存方法をしていない条件下で)。量販店の棚に並ぶようなコーヒーは、長めに保存できるよう工夫されているため、1年以上良い状態を保つことができるとされている。味わいで見極める場合は、香りと味わいのバランスに差異がなければ、それは飲みごろと言える。香りは強いがいつもより味が弱く感じるならば、飲みごろよりもやや早い可能性があるので少し待とう。香りが弱く苦味がいつもより強い場合は、飲みごろを過ぎている可能性がある。早く飲み切ろう。

 状態の変化は止めることができないけれど、変化のスピードを緩やかにする方法がある。ポイントは「どんな状態で保存するか」だ。もちろん家庭でも簡単にできる。

コーヒーの状態を保つために避けたいもの。

 コーヒーは焙煎直後から変化し続けている。煎り豆の中では、炭酸ガスを主としたガスの発生に伴う、香気成分の放出以外にも諸成分の化学変化が起こっていて、味わいの変化に繋がる。この変化に影響する要因として挙げられるものが4つある。これらはコーヒーの大敵ともいえる。

 1つ目が水(湿気)。焙煎後のコーヒー豆には、目には見えないほどの小さい空洞が無数にあり、乾燥している。つまり空気中の水分をグングン吸着してしまうのだ。吸着させてしまうと状態変化の原因になり、コーヒーの味わいを引き出しにくくなる。湿度の高い日本の夏は、コーヒーにとって油断できない環境なのだ。本来の美味しさを引き出すため、乾燥した状態を保てるよう取り扱いたい。
 2つ目が酸素。酸化は味わいに影響をもたらす。酸素に触れ過ぎたコーヒーは独特の酸っぱい風味を作る原因となり、本来の美味しさを損ねてしまう。開封後は袋の空気を抜き、ピッチリと封をした上で、密封状態にできる袋や容器に入れたい。完全に脱酸素することは難しいが、できるだけ酸素に触れさせないという心がけがあるだけでも効果は大きい。
 3つ目が光。つまり紫外線だ。紫外線を浴びるとコーヒーの油脂分が変質し、味わいに影響を及ぼす。太陽光に限らず蛍光灯の紫外線からも影響を受けるから驚き。透明な容器へのコーヒーの直入れは避けたい。紫外線を遮れず、変化のスピードを上げてしまう。
 4つ目が温度。特に高温に気を付けなければならない。温度が上昇すると、反応スピードも上昇し、飲みごろが早く過ぎ去ってしまう。去ったものは決して戻らない。やはり高温多湿な日本の夏は、コーヒーにとってとても過酷な環境といえる。

 水、酸素、光、温度。これらからコーヒーを守ることで美味しさを1日でも長く延ばすことができる。家庭で保存する場合は、空気をできるだけ抜き、密封できる袋や容器に入れ、紫外線を遮断した冷暗所で保存したい。
 冷蔵・冷凍保存も効果があるが、保存方法には注意を払いたい。冷蔵・冷凍保存の注意ポイントとしては「温度変化」と「酸素に触れる事」をできるだけ最小限にすること。高い頻度でコーヒーを出し入れするようであれば、冷蔵・冷凍保存は避けたい。常温に戻る際に、水分が付着する可能性が高いからだ。長期に渡って保存する場合は冷凍が適切だ。冷蔵・冷凍保存したものを抽出する場合は、常温に戻るまで待つことも重要。冷えたままのコーヒーは抽出効率が非常に悪く、十分にコーヒーの成分を抽出できない。ゆっくり待とう。また、コーヒーは臭いを吸着する性質があり、臭い移り可能性も高いので保存状態には注意が必要だ。
 『第2章 産地編』で学んだ、1粒の生豆となるまでの工程の複雑さ、手間を思い返してみよう。知っていれば美味しい状態でコーヒーをいただき、心と身体に沁み込ませたいという想いが溢れる。美味しいコーヒーを飲むチャンスは、少しの気遣いと丁寧な扱いで広がる。正しい保存でコーヒーを美味しく最後まで飲み切りたい。

コーヒーを守る包材。

 街のロースターやスーパーで何気なく手にするコーヒーの商品。 その包材や包装方法にはコーヒーの状態を守る工夫が施されている。
 コーヒーを包装に充填する際は、水分や酸素を可能な限り除去する。ガス置換包装真空包装と呼ばれる方法で酸素や空気までを除去することもある。開封さえしなければ、コーヒーは水分と酸素から守られ、変化を抑えられる。
 前述の通り、焙煎後のコーヒーは炭酸ガスを放出する。コーヒーの袋を完全密封してしまうと自発ガスの影響を受け袋が膨張し、やがてガスの放出量が袋の容量を上回り破裂することが稀にある。この現象を回避するためにデガスをしたり、包材そのものに工夫を施したりしている。デガスの方法としては、ガスの発生が一番強い焙煎後1〜3日までガスをリリース(エージング)し、その後に充填するシンプルな方法のほか、ワンウェイバルブのついた包材を使うことで、酸素の侵入を防ぎ、コーヒーから放出されたガスを袋の外に逃がす(内圧の上昇を利用した排出)方法などもある。後者は焙煎後すぐに充填できるのがメリットだ。
 包装には防湿性遮光性ガスバリア性保香性のある素材が使われていることもポイントとなる。あらゆる耐性のフィルムを重ね作られた積層フィルムは、レギュラーコーヒーに多く使用されている。近年では、さらに環境配慮素材が使われるケースが増えてきた。
 「何を使ってどう包装するか」は、コーヒーの美味しさを保つために見落とせないポイントとなっている。どうか、購入したままの袋を活用してほしい。開けたら閉める。ピッチリ閉める。それがコーヒーを変化から守る近道だ。

[fig.02]

「小川珈琲」では防湿性・遮光性・ガスバリア性・保香性を備えた包材を使用。開封後もコーヒーの保存に活用できる。

淹れたてのコーヒーが美味しいのはなぜ?

 抽出したコーヒーの飲みごろは、もちろん淹れたて。香気成分は湯気(揮発)とともに、私たちにコーヒーの期待感を与えてくれる。淹れたてのコーヒーは立ち上る香りだけでなく、喉を通過し、鼻の奥からも香りを強く届けてくれる。香りが一番強く感じられ、インパクトや満足感を十分に与えてくれる。温度が下がると徐々に香りは弱くなる。しかし、この少し落ち着いた温度帯のほうが味覚として多くのものをキャッチしやすい。
 香りは熱いうちに、味わいは少し温度帯が落ち着いた時に楽しむのがおすすめ。稀に冷めるごとに表情を変えるコーヒーに出会うこともある。この変化はポジティブに評価される。
コーヒーは冷め切ってしまうと、酸素に触れる影響で酸っぱさが強くなる。冷めたコーヒーを再加熱することは、さらに酸っぱさを強くさせる。また、大量にコーヒーを抽出し、保温し続けるのも避けたい。加熱による化学反応と蒸発で液体が濃くなり、味わいが変わるのだ。
 コーヒーは必要な分量を、温かいうちに飲みきりたい。丁寧に淹れたコーヒーは、どんな高価なコーヒーにも負けないくらい美味しい。

[fig.03]

購入時は美味しく飲めそうな分量を。

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