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栽培から抽出まで、美味しいコーヒーを
楽しむために知っておきたいこと、すべて。

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焙煎

コーヒーの風味や香りを決定付ける。

コーヒーを煎る。

 焙煎はコーヒーの味わい作りを左右する重要な工程。その技術は専門性が非常に高く、簡単には身につかない。熱の変化を見逃さず、豆がはぜる(ファーストクラック・セカンドクラック)僅かな音を聞き逃さない、焙煎士にはそういう繊細な技術が必要だ。「抽出はできるが、焙煎は専門外」、そんなバリスタも大勢いるが、その原理をよく理解していれば、焙煎に合わせた抽出が可能になり、コーヒーのポテンシャルをいっそう引き出せる。プロに限った話ではなく、家庭でも同様。焙煎を知ることで、コーヒーの楽しみ方がぐっと広がり、豊かになるだろう。最近ではシェアードロースティングというシステムの普及や、小型の家庭用焙煎機が販売されていて、個人でも焙煎を楽しめる機会が増えている。

熱が伝わる仕組み。

 まずは、焙煎の基本となる伝熱について理解を深めよう。温度差のある物体間や物体内で熱が移動する現象を「伝熱」といい、焙煎中のコーヒー豆はまさに伝熱が起こり生豆から煎り豆へと変化する。そして、「伝熱」はさらに3種類に分けられる。豆の内部で起こる熱の移動を「伝導」、豆の表面と空気との間で起こる熱の移動を「対流」、そして、遠赤外線や赤外線の影響で起こる熱の移動を「輻射」という。
 目には見えない伝熱を想像するのは少し難しいかもしれない。しかし、伝熱は焙煎機[fig.01]の構造や焙煎の方法と密接に関わっていて、最終的にコーヒーの味わいに大きく影響する重要な要因だ。焙煎士はこの熱の移動も緻密に予測し、焙煎の計画を立てている。

焙煎機の構造。

 焙煎機は、温度計、焙煎釡、熱源、ダンパー、冷却機で構成されている。温度計は、一般的に焙煎機内の空気の温度を計測していて、この温度からコーヒー豆の温度を推測する。焙煎機内は200℃近くまで温度が上がるため、ほんの数秒の差でコーヒー豆の煎り上がり方が変わってしまう。熱源の種類は、一般的にガス、電気など。ほかに、深いコクと独特の風味をもつ「炭焼珈琲」は、炭を熱源として焙煎されている。ダンパーは焙煎機の「蓋」のようなもので、焙煎機内の熱い空気、豆の持っていた熱などを逃すため、焙煎釡の中の空気を外に排出する。ダンパーを開閉するタイミングや、その開き具合がコーヒーの風味に与える影響は大きい。冷却機は焙煎釡の外に配置されていて、煎り上がったコーヒー豆を冷ます役割。焙煎釡から排出されたコーヒー豆は高熱で、排出後も熱による反応が進んでしまう。仕上がりに影響が出ないよう、ここはあまり時間をかけたくない工程だ。
 コーヒー豆を粉砕すると、白っぽい薄皮のようなものを見たことがないだろうか? これは生豆についているシルバースキンでチャフと呼ばれる。チャフは焙煎時にピーナッツの薄皮のようにきれいに剥がれ落ちるが、除去しきれずに残ることがしばしばある。渋みの原因 になることもあるため、チャフを除去する装置を焙煎機に後付けすることもある。

[fig.01]

半熱風式のディードリッヒ焙煎機。豆の表面を極度に焦がすことなく、じっくり焙煎できるのが特徴。

焙煎機の種類と特徴。

 次に、一般的に多くみられる焙煎機の種類について説明したい。もっとも一般的な焙煎機は、ドラム状(円筒形)の焙煎釡(加熱する場所)を回転させて熱を加えるシリンダータイプ。加熱方法は、大きく分けて「直火式」「半熱風式」「熱風式」の3種類がある。その違いは熱源(エネルギー源)の場所とコーヒーとの関わり方にある。

 直火式は、豆を入れる焙煎釡が穴の開いたパンチングメッシュになっていて、熱源はシリンダーの真下にある。
パンチングメッシュから直接流れ込む熱風、加熱された釡からの伝導熱、釡全体からの輻射熱によって豆に熱が伝わる。豆が直接火や煙に触れるので燻された風味も楽しめる。味のメリハリを出しやすい。

 熱風式は、熱源の位置が、焙煎釡の真下ではなく、切り離された場所に位置している。バーナーによる熱風をシリンダーに流し込み、豆に対流で熱を伝える。直火式や半熱風式に比べ伝導熱や輻射熱の影響は少なく、熱風の温度や風量の調整で焙煎をおこなう。クリアーですっきりとした味わいが特徴。

 半熱風は、直火式の焙煎釡に穴が開いていないタイプ。熱源はシリンダーの真下にある。
釡に穴が開いていないため、熱風が直接流れ込むことはない。直下のバーナーで直接焙煎釡を加熱し、コーヒーに熱を伝えるという仕組み。加熱された釡からの伝導熱、釡全体からの輻射熱に加え、ダンパーの開閉で釡内部の温められた熱風を動かし、対流で熱を加える。半熱風では、直火式や熱風式よりも大きく影響する伝導熱をどのように利用するかを考える面白さがある。味にボリュームが出やすく、コクや甘味を楽しめる。引き出せる味わいのゾーンが一番広い焙煎機だ。

焙煎のレベル。

 生豆に熱が伝わると、徐々に青緑色⇒黄色⇒薄茶色⇒茶色⇒黒色へと色を深め、さらには 風味(香りと味)も変化する。この変化の度合いを、機械(色差計)で計測し、Ⅼ値という客観的な数値を用いて「焙煎度」を表現することができる。「ライトロースト」や、「フレンチロースト」など、商品パッケージなどで目にすることが多い8段階のロースト名は、L値よりも大きなくくりで焙煎のレベルを分けたものだ。

 「ライトロースト」「シナモンロースト」は浅煎りに属する。酸味を感じやすくさっぱりした味わい。コーヒー豆の個性をキャッチしやすい焙煎度として、スペシャルティコーヒー専門のロースターでは浅煎りで焙煎されることが多い。
 「ミディアムロースト」「ハイロースト」「シティロースト」は中煎り。酸味と苦みのバランスが良く、甘みを感じるものも多い。程よいコクがあり、ミルクを混ぜてもコーヒーの味をしっかりと感じられる。
 「フルシティロースト」「フレンチロースト」「イタリアンロースト」は深煎りに属する。
苦味が強くフルボディ。エスプレッソ発祥のイタリアでは、深煎りのコーヒーでエスプレッソの濃厚な味わいを楽しむ。砂糖をたっぷりと入れ、飲むデザートとして楽しんでいる。

[fig.02]

焙煎レベルのサンプル。徐々に焙煎度合いが深くなるほどに豆の色も濃くなる。

焙煎をコントロールする。

 小さなコーヒー豆が200℃に迫る高温にさらされ続ければ、当然、真っ黒こげになる。そうならないよう、時間(タイミング)と豆への熱の当て方をコントロールするプロフェッショナルが焙煎士だ。彼らは時間の経過に対して温度がどのように変化したかを示す「温度プロファイル」をもとに熱の伝わり方を予測する。もちろん、生豆のコンディション、栽培品種や精選方法、サイズ、そしてコーヒー豆の水分値までを事前に知っておく必要もある。
釡の中を直接見ることはできず、味見もできない。可能なのは、焙煎中にテストスプーンで取り出した少量のコーヒー豆の状態を確認すること。それを頼りに、最終の焼き上がりの状態を予測し焙煎をコントロールする。パンケーキを焼くようにはいかない。コーヒーの仕上がりを決定づけるという重責の緊張感のなか、焙煎士は目には見えないコーヒーを見つめている。

[fig.03]

焙煎中にテストスプーンで焙煎の状態をチェックしている焙煎士。

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