野趣溢れる味

「男の料理」という言い回しはもはや死語だろうか。料理にジェンダーは無関係である。男性が作ろうが女性が作ろうが料理は料理、味や出来栄えに関係はないはず。そういう時代なのだ。では、「野趣あふれる味」というのはどうか。家庭のキッチンのように素材や調理器具も完備されていない環境で、ありあわせのものを使用し、栄養バランスや見映えを気にもかけず、食欲のままに拵えられた料理。舌ではなく、胃で味わうような食事。写真家西川治の『マスタードをお取りねがえますか。』には、そんな野趣溢れる味わいの数々が綴られている。

 

例えばステーキの焼き方。ビーフステーキなど料理ではないという人間もいるが決してそうではない。どんな複雑なソースでも、煮込み料理やスイーツであれ、訓練によって習得することはできるが、肉の焼き方だけは天分が要求される。その天分を持つものが住む街がニューヨークとフィレンツェだという。フィレンツェでは、肉を注文する際に、少なくとも二人前、500グラムからのオーダーを求められるという。肉の重量がなければ思うようには焼けないため、1キログラムからの注文がベターだそうだ。これを男の料理、もとい、野趣溢れる料理と言わずしてなんと形容すべきだろう。

 

料理の質が食材や環境に左右されるという意味においては、野外での調理も必然的に野趣を帯びてくる。「朝は、ティーかコーヒーか」と題されたエッセイでは、キャンプなどで野外で寝泊まりした際の、目覚めの一杯について綴られている。紅茶の場合は、インドの路上で売られているような安い茶葉をたっぷりのミルクと砂糖でグラグラと煮たような熱さで飲むのが著者の理想だという。野原で寝起きする際には体力も使うし、家庭で味わうような微妙な風味などにはこだわっていられないからだ。朝起きて散歩や野良仕事に精を出したあとは、コーヒーで一服したい。焚き火の上にたっぷり水の入ったポットを置き、ひとつかみのコーヒー粉を煮立った湯の中に放り込む。そしてその上澄みを飲む、カウボーイスタイルのコーヒーだ。ペーパーやネルでのハンドドリップが家庭でも当たり前のようになった今、随分乱暴な淹れ方である。だがしかし、この野趣がもたらすテイストは、どんなに小洒落たコーヒーショップでも味わうことが出来ない特別な一杯なのだ。この一杯のために野外にテントを張る、なんていうのもいいかもしれない。

スペシャルティコーヒーブレンド
スペシャルティコーヒーの特徴である、”甘さ”と”クリーンカップ”をわかりやすく体感できるブレンドです。ベースにしているのは、異なるフレーバーを持った2種類のグアテマラ。ナチュラルのものは使わずに、華やかな香りと爽やかな酸味、そして濃厚な甘さのバランスを意識して仕上げています。コーヒーが農作物であること、フルーツであることに改めて気づかせてくれる、すっきりとした味わい。